大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京高等裁判所 昭和30年(う)2766号 判決

被告人 佐々木賢慈 外一名

〔抄 録〕

U・N両弁護人の論旨第一点及び第四点、S弁護人の論旨について。

刑法第二百三十四条にいわゆる業務とは、一般に公務を除き人の社会生活上の地位において、或は、この地位に関連して、職業その他継続的に行われる仕事を総称するものと解するを相当とすることは既に大審院以来判例によつて確立されたところである。所論は、原判示臼杵モトは、原判示西三川千四百七十番の畑約一反二畝歩を耕作していた事実なく、右刑法第二百三十四条のいわゆる業務に該当するような地位になかつたものであると主張するのである。よつてこの点について按ずるに、原判決挙示の証拠に当審で事実の取調としてした証人臼杵ハツ、同中川嘉吉の尋問の結果を総合すれば、前記畑はもと臼杵モトの夫重蔵の所有であり同人の死後同人の子供叶生が耕作していたが、同人が渡満するようになり耕作を止めてからはその畑は荒れたまま放置された。そして昭和十三年初頃被告人佐々木がこれを買い取りその所有権を取得したのであるが、終戦後右叶生の弟幸作が満洲より帰つて来て臼杵モト名義で昭和二十二、三年頃被告人佐々木との間に右土地の貸借をすることとなり、佐々木の承諾の下にその頃以降引き続き右荒れた土地を開墾し豆類麦類等を播いたりして耕作し右佐々木に対しては年間を通じてその求むるところに従い数日間労力を提供してその対価としていたことが窺えるのである。なるほど、記録に現われた土地登記簿によれば、右畑については、昭和十九年一月十日売買に因り被告人松本がその所有権を取得したことにつき、昭和二十二年四月十一日に登記手続を了したことは明らかであるけれども実質的に右松本がその後本件事故発生当時まで右土地を耕作したりその他利用の方法を講じていたものと認むべき証左はなく、却つて当審証人佐々木睦雄の右畑は被告人松本と後記柏田ゼン間の約定により佐々木光国(未成年者)名義の千六百七十七番地の畑と交換しその後見人柏田ゼンにおいて耕作していた(この耕作の事実は措信できないのであるが)との供述に記録上窺える右佐々木光国と柏田ゼンと被告人佐々木の特殊関係を参酌するときは右登記手続は単なる名義上のものでありこれにより実質的に被告人松本において右土地を耕作していた事実を推測せしめ得ないものである事情を窺うことができ、記録上の関係証拠によれば、被告人佐々木、臼杵モト間の貸借関係はなお存続しており前記登記の存在は、これを妨げる理由とするを得ないものといわなければならない。従つて、私法上の関係において右臼杵モトと被告人佐々木や被告人松本の間に如何なる権利義務を発生するかは暫く別として、少くとも冒頭に説明したところによつて本件畑に対する臼杵モトの前記関係事実は刑法第二百三十四条にいわゆる業務に該当するものと解するのが相当と認められる。なお、本件各証拠によれば、その前後右臼杵モト側の人々と被告人松本、佐々木側の人々との間に右畑の耕作に関連して相互に作物の引起等が行われた事実が存することはこれを窺うに難くないところであるが、右臼杵モトにして被告人佐々木との間の前約定によつてこれを耕作している以上その行動は正当な業務ということができるのであるから、その行動を妨害する者あるにおいては自己の耕作をなすためにその妨害を排除する行動があつてもその者に対する業務妨害となるとすることはできない筈のものである。

以上のとおり記録を精査検討しこれに現われた諸般の証拠に当審でした事実の取調の結果を参酌しても、原判決には所論の事実認定に何らの過誤ある廉を発見できないのみならず、刑法第二百三十四条の業務に関する解釈を誤つた違法も存しないものと認められるから、各論旨は理由がない。

同論旨第五点について。

刑法第二百三十四条に威力とは一般に人の意思を制圧するに足りる勢力をいい、通常は暴力脅迫等の積極的行動による場合が多いであろうが、更に犯人の威勢、人数及び四囲の状勢から見て被害者の自由意思を制圧するに足りる勢力を示す場合をも包含するものと解するのが相当である。(所論引用の昭和二十八年一月三十日最高裁判所第二小法廷判決判例集七巻一号刑事一二八頁参照)本件において原判決援用の証人臼杵モトの供述によれば所論において指摘するように右臼杵モトが被告人松本に対し「この畑は自分が被告人佐々木から借りて耕作しているのだから話せばわかる事だから」といつても被告人松本等はこれを聞きいれずに打ち起しにかかつてしまつたのでこれは何度云つても駄目だと思い引き返し農地委員会に届け出でることにしたという事実が窺えるのであり、その他関係証拠によれば、当日被告人佐々木側の人々は主として農耕に従事している青年の男女数名がそれぞれ農具を携え牛二頭をつれて出かけて来ており、右臼杵モトにおいて制止しても、これを承知せずその意思を無視して打ち起し、麦播きを強行しようとしたことが明らかである。この事柄はすなわち、何の抵抗力もない老齢の臼杵モト一人の意思は、これによつて制圧されるに十分であつて右被告人等のその日の行動はその威勢人数その時の四囲の情勢からみて前記刑法第二百三十四条にいわゆる威力を用いた場合に該当するものといわなければならない。所論は原審証人山田猛の「右臼杵モトは近所にいて時々顏を出しておりました。おこつていた様子でしたが別に反抗等はしませんでした」なる供述その他を援用して臼杵モトに制止の事実なしと主張するのであるが、この供述は前記臼杵モトの供述と対照して考察すると臼杵モトにおいて抗議したところ被告人松本等においてこれを拒否して打ち起しにかかつたために止むを得ず抗議を断念した後すなわち、その威勢に制圧された後のこととも考えられその他の右認定に反する証拠はいずれも原審において措信するに足りないとしたものであることが明らかである。

以上説明のとおり記録を検討するもこの点に関する原審の右証拠の取捨選択竝びに事実認定延いては法令の適用に何らの過誤ある廉を発見できないし、又審理を尽さない違法の存することをも認め得ない故、論旨は理由がない。

(大塚 渡辺辰 江碕)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!